逢魔の扉を前にして

     “初めましてのお兄様”

 



     5



兄様は一見、線の細い、それは嫋やかに美しい風貌をなさっているけれど、
敵対するものへ本気でかかるときの真摯なお顔も、
気迫がこもっていての恐ろしいものながらそれは端麗で。
武装に近い導師服姿になっての武闘にあたるときは、
それは冴えた動作も勇ましい武人であり。
術式で広範囲の攻撃を繰り出すこともあれば、
大ぶりの矛を駆使して近接の敵を薙ぎ払うことも鮮やかにこなされて。
ボクも強くなってそんな兄様をムキにさせるほどの存在になりたいと思ってた。
ただ、武神の方々の中には、
お強いがたまに見せるよな、あのまろくて甘いお顔を独占したいとか、
何か複雑な想いを抱えてらした者もいたようで。

 “子供だったからよく判らなかったけど。”

どんどんと親しくなりたいと思わせるような、
魅惑というか魅力があふれる人であるところも似ておいでなんだなぁとつい思う。
いつぞやの不思議な空間で、
大怪我を負い、痛々しい姿で中空から降りてきた兄様は、
それは凄惨な姿をしていて。
こうまで嫋やかな兄様を傷つけるなんてどんな弑逆か、
痛めつけた連中を許さないとのちに怒りが盛り上がり、
暁くんとともに、ありえないだろうけど出会う機会があったなら復讐してやろうねなんて
変な恰好で意気投合しもしたもので。

 ……って、おいおい、存外と物騒だな、敦くんたら。




     ◇◇


出番は最初からあるものの、今回の目玉である彼との共演場面はというと、
中盤から後半の方、
敦が演じる暁少年の回想の後に、異界から放り出された身を助ける格好で、
奇跡的に出会うという段取りになっている。
他言はできないが、先日実際にその身で体験した正にあのままなことをなぞっており。
なので、
敦と彼とが直接引き合わされたのは撮影が始まってから1か月近くは経っていたころ。
子役の悠太くんとの回想シーンを、まずは広々とした草原を舞台に撮ってから、
スタジオで日常の暮らしぶりというのも撮影していたのだとかで。
翠龍さんこと シグマさんは、抑揚がむつかしいとされる日本語も堪能で、人当たりも柔らかく。
欧州で演じてらっしゃる役がミステリアスな雰囲気のものが大方なせいで
どこか冷ややかなお顔のポートレートが多いけれど、
幼い子にも優しく接してくださるものだから、
悠太くんなぞあっという間に懐いてしまっているらしい。


暁少年の子供時代の撮影と並行するよに、他のシーンも勿論撮影されており、
象徴様がおわす次界だとはいえ、混乱や波乱もあるということか、
それこそ嵐や水害系の自然現象による災害も起きれば、
他所の次界からはみ出した熱量や何やが波及してくるアクシデントも滲み出す。
外世界からの侵略騒ぎというのもあるということで、
質量やら互換性やらが近いがために互いに干渉し合える次界を目掛け、
こちらの豊かな咒力か人材か、何かしらの目的があってだろう侵略してくる勢力もある。
そういった揉め事が機縁となって、離れ離れであった翠龍と暁が再会するというのが今話の要なので、
そこを裏付ける格好での過去の騒乱場面もあるらしい。
そちらへは出番もない敦らだが、
一番最初のお話の軸になっている、現世へも及ぶ負界の勢力をそれとなく描写するのは必要で、
だがだが前に撮ったののバンク…使い回しというのでは芸がないと、
ちょっとした対処レベルの乱闘やら滅封やらを撮ることとなっており。

 「槇の中将さんって、
  こっちの世界に居ながら、異次元とも行き来出来てたってことですよね。」
 「らしいな。」

架空の人物なはずだが、微妙に知己のような扱いになってしまうのも無理はない。
演じているからというののほか、
何というか…ご本人たちにも逢っているものだから、
そこはしょうがないというもの。
何なら演技にその時拾った感覚を取り入れても問題じゃあなかろうて
…とまでの意識はなかったものの、

 「器用なところは中也さんと同じですねvv」
 「いやいやいや、それって褒めてないぞ。」

無造作に長い目の赤い髪をかき上げ、こらこらとしょっぱそうなお顔をしつつも、
袖も大きめ、袴も生地が硬めという、
結構身動きに制限がかかりそうな中世狩衣風の衣装を軽々着こなしていて。
台本に沿った擬闘をまずはこなしてから、
格闘担当のディレクターから、そこはもう少し間をためてほしいとか、
いろいろとサジェスチョンを受ける段取りになっているものの、
中也のこなす体捌きには何なら原作以上の幅もあっての魅せられまくり。
原作者さんが見学にいらした折、
スケッチしていいですか?と懇願されてもいたっけねと、
ミネラルウォーターのボトルを手に、楽しげに笑った敦くんだったりし。
今日の撮影は、そんな火力強めの中将様が、
こちらの世界の…微妙に術式にも縁のある手合いからの横やりを、
鮮烈に軽やかに叩き伏してしまうという一幕。
敦が演じる暁も共闘するという場面であり、

 「それでは、シーンNo.98、本番行きます。」

助監督さんの通る声がし、撮影の中心となる位置までを進む。
衣装も身につけていての、リハーサルもこなした後なので、
さほど固くはならぬまま、位置につくと姿勢を交わしての小さく笑い合った二人だったものの、

 「若造、覚悟っ!」

急襲場面の舞台へと雪崩れ込んできた活劇担当の面々、何だか頭数に違和感が見えて。

 “え?”

そうと見えるだけなのかな、体格のいい人ばかりかき集めたんだろか。
いやいやリハと顔ぶれは同じのはずだが…と
乱闘に臨む暴れん坊二人…の設定はそのまま、
だが“なんかおかしくないかい?”という心情が 一瞬動作や表情に響いた。
それは撮影班にも同じだったようで、
大人数が雪崩れ込む、結構勇壮なシーンではあったれど、
そういや駆け込んできたときに開いた扉が2つだった気がして。

 「な、何で2組も駆け込んで来とるんだ?!」

群闘の擬斗が組まれていたには違いないものの、
お相手たちが、いやさコーデュネーターかプランナーか、
段取りミスで場面をすっかりと間違えていて、
そもそもの手際ではなく、まるきり噛み合ってないままに動き始めてしまい、

「え?」
「あれ?」

お互いに相手の出方が違いすぎると仰天してしまう。
リハーサルではあるものの、
ある程度はフォーメーション的なものも決まっていてのその組み立てで動いていたものが、
まるきり違う動作同士では噛み合うはずがない。
ストップの声がかかったものの、
大勢で雪崩れ込むというシチュエーションだったばっかりに、勢いがなかなか静まらずで。
予想しない配置になりすぎて、一種のパニック状態になっている人も少なくはなく。
ただ立ち止まってもそこへとぶつかってしまう人は出て、
どこへどう引き分ければいいのか、皆して混乱しかかっており、
このままでは要らぬ怪我を負う人が出るやもしれない。

 「敦、外側に離れるぞ。」
 「はい。」

とりあえず危険な衝突が起きぬよう、
身を守りつつ場から離れるのが一番かなと思ったが、

 「あ…。」

思わぬ状況に恐慌状態になったのか、
怖くてだろう、棒立ちになっている少年がいる。
一応は殺陣への経験のある者ばかりを集めたはずだが、
小さな咒霊が入り混じっている場での混乱という設定だった台本と混ざりあってしまったか、
ここにはいるはずがない、ほぼほぼガヤ担当の子役のようで。
悠太が着ていたような筒袖の小袖に厚衣の道着を重ねた衣装だが、
だからこそ周囲にも馴染んでしまって目立ってもなく。
思わぬセッティングへの乱入になってしまった状況下、
故意ではなくとも体格のいい大人にぶつかられれば、突き飛ばされたりしかねない。

 「こっちへ。」

自分も小柄な方だが、それでも体幹はしっかと鍛えてあるし、
多少は衝撃にも強い方と覚悟をし、
手を伸べると小さな少年を懐に引っ張り込む敦であり。
それを見た周囲の面々も自分の周りを見回すと、
体躯に自信のあるメンツは壁にならんと踏ん張り始める。
流れが出来かかっていた方は方で、そのまま人幕の薄い方へ流れてけと、
やや強引だが押しのけて追いやるものの、
何が起きているのかを把握しきれない顔ぶれは、
突き飛ばされた気がしたか、何しやがると怒り出す者も当然出てしまい、

 “このままじゃあ…。”

伊達に頑丈な人ばかりなのも困った要素で、
堪えが利くと譲らぬ面々が、だが、数に負け、
将棋倒しのような事態になったらまずいと思っておれば、

 ぱんっ、と

それはよく通る音がした。
何だ何だと痛いな退けよと声を出す人もいて、会話なんて通らぬ場だったはずが、
空気を震わせるようなはっきりとした音がして、皆がハッとし周囲を見回す。
一瞬とちょっと程の間、沈黙が訪れたそこへと響いたのが、

 「天井を。」

くっきりとした一言だ。
天井を観ろとも何とも続かぬ言いようだったが、
ほぼほぼ皆が顎を上げたその隙に、

 「こちらへ。」

敦の手を取った者があり、
強引というほどの力づくではなかったがしっかと掴まれたそのまま、
おいでおいでといざなう力加減が何とも絶妙。
何だなんだと皆さんが立ち止まってきょろきょろする中を
実に要領よく縫って逃れると、大外までを辿り着いて、
突然の混乱におろおろしていたスタッフさんの立つ中へ二人の少年を送り出す。

「さて、メガホンを貸してくださいな。」

どうしたものかと棒立ちになっていたスタッフへ手を伸べたのは、
今日の本日は出番のなかったはずのお人、
ややカジュアルなスーツ姿の腰まであろう淡色の髪を軽やかに揺らし、
にっこりと微笑んだシグマさんその人で。
軽く息を吸い込むと、皆へと掛けたのが

【皆さん、場面挿入のミスがあったそうです。開始の地点へ戻ってください。】

Aというシーンを撮るよと言われた一団と、Bというシーンを撮るよと指示された面々とが
同じスタジオ内へどっと繰り出してしまったがための混乱で。
申し送りのミスと、体育館レベルの広さはなかった空間だったことも仇になったわけだが、
下手をすれば敦が危ぶんだよな事故も起きかねなかったところ、
柏手と意味不明な声掛けで制止を招き、制御してしまった人物が、
メガホンを片手にそれは朗らかににこにこ笑っている。
声が通るとかそれだけじゃあなくて、間の取り方読み方が御見事で、
これも一種の人心掌握か、
大したものだと語り継がれるお話になってしまったそうな。




to be continued.(26.08.21.〜)





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 *シグマさん自身を把握しきれてないものか、
 何だかほわほわした描写続きですいません。
 実力もあって、あの翠龍様の転生体に違いないってところも描くべきなんですが、
 乱世にいるわけじゃあないのでなかなか難しいです。